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最高裁判所第三小法廷 平成9年(行ツ)99号 判決

神奈川県伊勢原市岡崎六七七七番八号

上告人

辻丈夫

右訴訟代理人弁護士

楠本博志

水野賢一

神奈川県平塚市松風町二番三〇号

被上告人

平塚税務署長 田沼靖朗

右指定代理人

深井剛良

右当事者間の東京高等裁判所平成八年(行コ)第五四号所得税決定処分等取消請求事件について、同裁判所が平成九年一月二九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人楠本博志、同水野賢一の上告理由第一点及び第三点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原判決を正解せずに独自の見解に立ってこれを論難するか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第二点について

昭和六三年法律第一〇九号による改正前の所得税法九条一項一一号イ及び昭和六二年政令第三五六号による改正前の所得税法施行令二六条二項は不明確な基準により課税を行う規定ではなく、また、本件各課税処分は不合理ではないので、所論違憲の主張は、いずれもその前提を欠くものといわざるを得ず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山口繁 裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

(平成九年(行ツ)第九九号 上告人 辻丈夫)

上告代理人楠本博志、同水野賢一の上告理由

第一 理由不備

上告人は、原審への控訴理由として、以下の事項について主張した。

第一 昭和六一年分所得税決定処分の違法性

一 質問検査権行使の違法性

二 売買回数認定手続の違法性

三 具体的な売買委託の実情

四 所得税法九条一項一一号及び所得税法施行令二六条二項の違憲性

五 本件課税の不合理性

第二 無申告加算税賦課決定処分の違法性

しかるに、原審は、このうちの「質問検査権行使の違法性」及び「本件賦課決定処分の違法性」についてのみ理由を附した判断をしただけで、他の事項については、理由を全く附していない。

「所得税法九条一項一一号及び所得税法施行令二六条二項の違憲性」や「本件課税の不合理性」の違憲問題はもとより、「売買回数認定手続の違法性」や「具体的な売買委託の実情」についての理由を附した判断をすることなく、なにゆえ本件の昭和六一年分所得税決定処分が、適法と言えるのであろうか。

原判決には、明らかな理由不備があり、破棄を免れない。

第二 憲法違反

一 所得税法九条一項一一号及び書と税法施行令二六条二項の違憲性

原審がそのまま引用する第一審判決(以下「原審(第一審)」という。)は、所得税法九条一項一一号及び所得税法施行令二六条二項の基準が明確である旨判示する。そうであるとするならば、なぜ、原処分庁や被上告人の算定のたびに売買の回数が異なるのであろうか。本件上告人の売買回数を

〈1〉原処分庁は八〇回

〈2〉国税不服審判所は八一回

〈3〉被上告人の平成三年一一月三〇日付準備書面は八三回

〈4〉被上告人の平成五年三月二三日付準備書面は七八回

とそれぞれ算定している。算定のたびに計算間違いをしているとでも言うのであろうか。基準が明確でありながら算定のたびに売買の回数が異なる合理的な理由を、原審(第一審)は全く述べてはいない。基準が明確であるならば、算定のたびに売買の回数が異なるようなことはあり得ない。基準が不明確であるからこそ、算定のたびに売買の回数が異なるのである。

ところで、原審(第一審)が採用している所得税法九条一項一一号・所得税法施行令二六条二項の「売買の回数」を顧客を証券会社に対して行った委託契約の回数によるとする見解は、法令の一解釈にすぎない。また、日時が異なれば委託も別個としたり、売注文と買注文とでは委託は別個としたり、同一日時であれば複数銘柄でも委託は一つとしたりすることも、委託契約の回数を算定する際の一解釈にすぎない。「売買の回数」を委託契約の回数とし、しかも日時が異なれば委託も別個とする等の事柄は、法文上明記されているわけではなく、一義的に導き出されるものでもない。「売買の回数」を委託契約の回数とし、「売買の回数」を委託契約の回数と解釈するか否か、委託契約の回数と解釈するとしても、日時が異なる委託を別個と解釈するか否か等によって、具体的に算定される「売買の回数」は全く異なるのである。被上告人において、算定のたびに売買の回数が異なるのも、これらの解釈をそれぞれ違えて算定しているからである。

このように、法文上明記もされず、回数が一義的に導き出されることもない不明確な基準で課税をなす所得税法九条一項一一号及び所得税法施行令二六条二項は、租税法律主義・課税要件明確主義を定めた憲法八四条に違反すると言わねばならない。

二 本件課税の不合理性

本件課税は、上告人の株取引による売買益を主な内容とするものである。上告人は、株式の運用を証券会社に任せたままにしていて、売買益のうち一〇〇〇万円を手にしただけで、あとは証券会社の運用に任せていた。このため、株取引による売買益は、一〇〇〇万円のほかは全て株式の取得に当てられたといっても過言ではない。本件課税が本来なされるべき昭和六二年になされたのであれば、上告人名義の株式価額は課税額を十分に上回っていた。しかしながら、本件課税が株式の暴落後の平成元年一一月になされたことから、上告人名義の株式全部でも課税額を遙かに下回り、ようやくローンを完済した自宅を加えても納税し切れない事態に陥ってしまったのである。このように、課税の目的となった株式の価額が暴落したために、株式の価値を上回る税を負担しなければならないとすることは、財産権の保障を定めた憲法二九条に違反する疑いが極めて強く、合理性を欠くものである。

原審(第一審)は、株式の暴落等も上告人の責めに帰すべき事情であるかのごとく判示しているが、株式の暴落が上告人の責めに帰すべき事情でないことは明らかである。原審(第一審)は、上告人が多大な利益を上げた旨判示しているが、その利益は一〇〇〇万円を除いては株式に転化しているのである。本件は、課税の目的となった株式そのものの価値が下落して、課税額を遙かに下回ったと同視しうるものである。課税の目的となった売買益の転化物である株式の現在の価値と、上告人が現実に費消した売買益一〇〇〇万円を超えて、ようやくローンを完済した自宅を当ててもなお不足するような税の負担を課することは、著しく不合理であると言うべきである。

第三 法令違反

一 質問検査権行使の違法性

1 原審は、「被上告人が、上告人に対して照会した当時、上告人が昭和六一年ないし六三年の所得税に係る確定申告をしていないこと及び同六三年に株式を取得していることを把握してい」たから、被上告人において、上告人が申告をしなかったことが正当であるか否かを調査する客観的な必要性があると判断したのは相当である旨判示している。しかしながら、本件の調査権行使の内容は、上告人が申告をしなかったことが正当であるか否かを調査するものとはなっていない。

2 被上告人が上告人に対して行った株式取引に関する問い合わせは、昭和六三年に上告人名義でなされた「三菱重工業一〇、〇〇〇株」と「味の素一〇、〇〇〇株」との二銘柄の取引についての問い合わせを目的とするものであった。被上告人が上告人に対して送付し、これについて上告人が回答したとする『取得された株式等についてのお尋ね』(乙第四号証)には、問い合わせをする銘柄の欄が三つ存在するのに、最後の一つの欄が空欄となっており、残りの二つの欄に問い合わせをするものとして「三菱重工業一〇、〇〇〇株」と「味の素一〇、〇〇〇株」とが記載されているのである。このようなお尋ねが、昭和六一年ないし昭和六三年における上告人のすべての株式取引を問うものでないことは明らかである。

ちなみに、『取得された株式問うについてのお尋ね』の右側の欄外に株式の売買を証券会社等で取引された方は、六一年一月から六三年一二月までの取引状況を顧客勘定元帳の写しを証券会社よりお取り寄せの上、提出して下さい。」と記載されているが、当該要望は、その記載の仕方や記載の場所等からして右二銘柄以外の株式については、『取得された株式等についてのお尋ね』で当然に回答を求められているものとなっていない。また、当該要望部分に乙第四号証においては赤のアンダーラインが引かれているが、これは上告人の作成当時には存在していなかったものである(上告人本人調書四二頁)。

3 このように、『取得された株式等についてのお尋ね』(乙第四号証)は、昭和六一年ないし同六三年において、上告人が課税範囲の数以上の株式売買等により課税最低限を超える所得を有していないかどうかを確認するためになされたものではないことが明らかである。従って、本件の質問検査権の行使は、昭和六一年ないし同六三年において、上告人が課税範囲の数以上の株式売買等により課税最低限を超える所得を有していないかどうかを確認する必要があったためになされたものではなく、客観的な必要の認められるものではない。

ちなみに、「三菱重工業一〇、〇〇〇株」と「味の素一〇、〇〇〇株」の二銘柄について、質問検査権を行使する客観的な必要性があったか否かについては、主張も立証も全くない。右二銘柄について、質問検査権を行使する客観的な必要性を認めることができないことは明らかである。

4 さらに、本件課税処分の対象となった昭和六一年の株式売買等について、被上告人は、『取得された株式等についてのお尋ね』(乙第四号証)をした当時認識をしてはいなかった。被上告人が認識していたのは、上告人が昭和六一年ないし同六三年の所得税に係る確定申告をしていないこと及び同六三年に株式を取得していることだけである(被上告人の平成八年一〇月二八日付準備書面第二、一2(三)・一一ページ)。被上告人においては、昭和六一年に上告人が株式を取得していることを認識していなかったのであるから、昭和六一年において、上告人が、課税範囲の数以上の株式売買等により課税最低限を超える所得を有するか否かについて確認する必要性を認識することは不可能であった。このような認識の下において、昭和六一年の株式取引について質問検査権を行使する客観的な必要性があると判断することは、できようはずもない。

5 このように、本件の質問検査権の行使は、客観的な必要性が全く無いにもかかわらずなされたものである。この客観的な必要性が全く無いのにもかかわらずなされた『お尋ね』に対して、上告人は必要以上に正直に答えたのである。このようにして収集された資料を契機として被上告人は、『お尋ね』をした当時には認識をしていなかった昭和六一年の株式取引や所得について本件の課税をなしたのである。このようにして課税をなされた上告人からすれば、言わば『騙しうち』にあったと受け取られても仕方のないものである。

公正を旨とする被上告人において、このようにして入手した資料を契機として課税をなすことは、とうてい許されるものではなく、本件課税処分は違法な課税処分とて当然取消されるべきものである。

6 ちなみに、第一審は、乙第四号証と弁論の全趣旨から『他の者に対する調査の必要から、上告人に対し株式取引に関する問い合わせ』がなされた旨認定している(理由第四、一、2)。しかしながら、この『他の者』がどこの何者かについては全く明らかにはしていない。この『他の者』を全く特定せずに、上告人に対する『問い合せ(質問調査権の行使)』する客観的な必要性が、なぜ認定できるのであろうか。どこの誰のどういう事柄について調査する必要があったかどうかということが具体的に明らかにされて初めて、そのために上告人に問い合せ(質問調査権を行使す)る客観的な必要性の有無が判断しうるはずである。

第一審と原審とで、質問検査権行使の根拠が全く異なることからも、本件質問検査権の行使に、客観的な必要性が判断できる事情が存在しないことは、明らかである。

以上のように、原審には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令解釈適用の誤りがあり、破棄を免れない。

二 売買回数認定手続の違法性

売買回数の算定については、売買の委託をした者が、証券会社に対して行った委託契約の回数によると原審(第一審)も判断している。そうであるとするならば、売買回数を算定するためには、いつどのようにして委託契約が締結されたのかという具体的な委託行為を特定しなければならないはずである。委託契約の回数を算定するのであるから、委託行為を個別に特定しなければその数を数えることは不可能である。しかしながら、被上告人も原審(第一審)も具体的な委託行為を全く認定していない。

例えば、番号27~31の取引について、原審(第一審)は、具体的な委託行為を認定せずに、上告人の取引と認められるとして委託の回数が四回だとしている(理由第二、一、2(四)(4))。番号27~31の取引について、被上告人は、番号27については、四月八日午前一〇時四一分ころ又は午後二時二一分ころの委託を、番号28については、同日午前一〇時三九分ころの委託を、番号29及び30については、四月一五日午前一〇時四六分ころの委託を、番号31については、同日午後〇時四六分ころの委託をそれぞれ主張している。これらの具体的な委託の存否がまず認定されなければ、委託の回数の算定をするための前提を欠くことになる。原審(第一審)は、委託の時刻が乙第七号証に打刻された時刻そのものではないとしているが、いつどのようにして委託がなされたと言うのであろうか。被上告人の主張する日時に委託が存在しないとすれば、いつどのような委託が存在するかが問題とされ、そのうえで、存在する委託と被上告人の主張する委託との同一性とが問題とされなければならない。

上告人は、昭和六一年四月六日から一一日までの出張に行く前に有田に「留守中に日立電線を売って、任天堂を買おうと思う。」旨告げられたと主張した。このときの委託の内容が、有田の「日立電線を売って、任天堂を買おうと思います。株価の動きによっては、何回かに分けてやるかも知れませんがよろしいですか。」「おまかせします。」というものであったとした場合、番号27~31の取引の委託の回数は四回となるのであろうか。原審(第一審)は、上告人が出張先から有田に連絡を取っていたことを理由に、被上告人の主張する日時に委託が存在しないとする上告人の主張を退けて、右認定をしているが、連絡を取っていたかどうかではなく、連絡をしてどのような委託をしたかを認定するのでなければ、委託の回数を算定できないはずである。出張中に有田と連絡を取った上告人と有田との会話が、有田の「日立電線を売って、任天堂を買おうと思います。株価の動きによっては、何回かに分けてやるかも知れませんがよろしいですか。」「おまかせします。」というものであり、しかも、番号31の取引がなされた四月一六日まで、上告人と有田が連絡をしたことが認められない場合、番号27~31の取引の委託の回数は、日立電線の売りの委託が一回、任天堂の買いの委託が一回の合計二回にしかならないはずである。

また、原審(第一審)は、明細書のとおり相違ない旨の回答書を上告人が返送していることを理由として、委託回数の認定が正当であるとしている。しかしながら、取引の存在を認めることと、委託をすることとは全く別である。明細書に相違ない旨の回答をすることによってそれまでになされた取引を委託したと擬制しても、複数の売りと複数の買いとを一括して行った委託を認められるのが限度で、売りと買いそれぞれ一回、計二回の委託が認定しうるにすぎない。

具体的な委託を特定することなく委託の回数を算定することは不可能であり、それにもかかわらず委託回数を算定して課税するのは、正に、恣意的・違法な課税にほかならない。具体的な委託を特定することなく委託の回数を算定する原審(第一審)の判断もまた、合理性を欠くものと言わなければならない。

以上のように、原審(第一審)には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令解釈適用の誤りがあり、破棄を免れない。

三 具体的な売買委託の実情

前記のとおり、被上告人は、売買の委託行為を具体的に特定しておらず、また、原審(第一審)も、この点についての上告人の詳細且つ具体的な主張について審理を尽さず、具体的な売買委託行為を全く認定していない。

上告人の訴外野村に対する株式売買の委託に関する実情について、重ねて、次のとおり主張する(上告人本人調書及び項第六号証ないし項第九号証)。

(一) 上告人は、平成六年五月二三日付被上告人準備書面添付の売買回数検討表4~7記載の委託を除いて、被上告人が主張する日時において訴外野村に対して、株式の売買委託をし、あるいは、売買委託をした可能性がない。

(二) 売買回数検討表4~7・9~1について

上告人が上告人の所有するアマダメトレックス株の売却を承諾するまでは、訴外野村の担当者有田明浩は、上告人が帰宅した後の夕刻、度々上告人の自宅を訪れ、上告人の所有するアマダメトレックスの株式を売却するよう説得を繰り返していた。訴外野村の有田は、どのような取引をするのかを事前に説明したうえ少しずつ信用取引を行ってはその報告をして、訴外野村の有田に任せれば間違いないことを印象づけようとし、上告人の信頼を得たうえで何とか上告人の所有するアマダメトレックス株の売却の承諾を上告人から得ようとしていた。また、上告人は、訴外野村の有田に対して、上告人の勤務先に電話して株の話をすることを決してしないように厳命していたので、上告人の信頼を得ようとしていた訴外野村の有田が、上告人の会社に電話をしてくることはなかった(上告人本人調書三七頁~三九頁)。

かかる事情から、売買回数検討表4~7については、上告人が帰宅した後の夕刻の時間帯が含まれているので、被上告人の主張する時間帯において、上告人が訴外野村の有田に株式の売買委託をした可能性はある。

しかしながら、上告人が上告人の所有するアマダメトレックス株の売却を承諾する以前において、アポイントを取ることも含め、訴外野村の有田が、上告人の会社に電話をしたことはなく、上告人から、訴外野村の有田に株式の売買委託をするために連絡をしたこともないことから、売買回数検討表9~11記載のように、昭和六一年三月一三日午前九時四二分及び同時五〇分に、上告人が訴外野村に対して株式の売買委託をしたことはあり得ない。

(三) 売買回数検討表13・14・15

上告人が、上告人の所有するアマダメトレックス株の売却を承諾したのは、上告人の帰宅後の夕刻に上告人の自宅においてであった(上告人本人調書三九頁)。従って、九時三七分に一旦委託して、すぐにこれを取り消し、その後の九時四四分に再度委託をしたなどということは、絶対にない。

また、アマダメトレックス株を売却して何を買うかについて事前に予告されたことはなかった。そして、上告人が、上告人の勤務先に電話をしてきて株式売買の話をすることは絶対にしないように厳命していたため、上告人が上告人の所有するアマダメトレックス株の売却を承諾した後も、訴外野村の有田は、アポイントを取ることも含め上告人の勤務先に電話をすることはしなかった。従って、上告人の勤務時間中である昭和六一年三月一八日午前九時四八分に、上告人が訴外野村に対して株式の売買委託をしたこともない。

(四) 売買回数検討表16・17・19

上告人が上告人の所有するアマダメトレックス株の売却を承諾した後も、訴外野村の有田は、上告人の勤務先に電話をすることはなく、上告人から、訴外野村の有田に株式の売買委託をするために連絡をしたこともなかった。売買回数検討表16記載の東京電力の売付については、売付をする前、上告人の帰宅後の時間に訴外野村の有田から聞かされていたが、東京電力を売って何を買う予定かについては明確には予告されなかった。従って、売買回数検討表16記載の東京電力の売付について、上告人の勤務時間中である昭和六一年三月二二日午前九時四二分に、上告人が訴外野村に対して株式の売買委託をしたことはない。

ところで、被上告人の平成三年一一月二〇日付準備書面添付の表に従って算出される損益と訴外野村の有田が上告人にしていた報告とを比較すると、訴外野村の有田は、上告人の訴外野村に対する信用を失わしめないようにするため、多少でも利益が出たものを報告しようとしていたことがうかがえる。関西電力については、事後報告すらなされなかったのであるが、これは、利益が出なかったため報告がなされなかったものと思われる。何れにしろ、上告人が、関西電力について委託をしたことはない。

(五) 売買回数検討表20・21

訴外野村の有田は、上告人が上告人の所有するアマダメトレックス株の売却を承諾した後においては、株式の取引をする前に報告をすることが殆どなくなり、株式の取引をした後に、しかも、前述したように、被上告人の平成三年一一月二〇日付準備書面添付の表に従って算出される損益と訴外野村の有田が上告人にしていた報告とを比較すると、訴外野村の有田は、多少でも利益の出たものとその利益が出た株を売却した資金で買った株とを報告するようにしていたことがうかがえる。

従って、売買回数検討表20・21記載の委託は、損をして事後報告すらなされなかった関西電力を売却して買ったものであり、上告人の記憶においても、事後報告さえもなされなかったものである。もとより、売買回数検討表20・21の住友不動産の取引について、被上告人の主張する時間帯における委託は存在しない。

(六) 売買回数検討表22~24

前述のように、上告人が上告人の所有するアマダメトレックス株の売却を承諾した後も、訴外野村の有田は、上告人の勤務先に電話をしなかったのであり、上告人から、訴外野村の有田に株式の売買委託をするために連絡をしたこともない。従って、売買回数検討表22~24記載のように、上告人の勤務時間中である昭和六一年四月二日午後一時三一分や午後一時三二分に、上告人が訴外野村に対して株式の売買委託をしたことは絶対にない。

ちなみに、売買回数検討表24記載の野村証券の売却は、上告人の所有するアマダメトレックス株を売却して行った現物取引(売買回数検討表15)の売却であったが、この売却がなされた後に、上告人は、訴外野村の有田から、最初に行った現物取引である野村証券の取引がうまく行ったと聞かされたことを、鮮明に記憶している。それまで、上告人は、上告人の所有するアマダメトレックス株を売却して何を買ったのかについては知らされていなかった。

(七) 売買回数検討表27~31

昭和六一年四月八日は、上告人が出張中で委託をなしえなかったことは、上告人の平成五年八月二三日付準備書面で主張したとおりである。まして、売買回数検討表27記載のように、出張中である昭和六一年四月八日午前一〇時四一分に一旦委託をしてこれを取り消し、その後午後二時二一分に再び委託をしたなどということは、絶対にない(上告人本人調書二五~二六頁)。

訴外野村の有田は、上告人が上告人の所有するアマダメトレックス株の売却を承諾した後においては、株式の取引をする前に報告を殆どしなくなり、株式の取引をした後にする事後報告をしていた。もっとも、このときは、出張で不在となる旨を告げた際に、訴外野村の有田から、「留守中に日立電線を売って、任天堂を買おうと思う。」旨告げられたことを記憶している。また、日立電線を売って、任天堂を買うことについての報告は、この出張前の一回だけであった。そして、上告人が会社にいる時間中に委託の話をしたことは絶対にない。従って、昭和六一年四月一五日午前一〇時四六分や同日午前一一時から午後一二時四六分までの間に、上告人が訴外野村に対して株式の売買委託をしたことはあり得ない。

(八) 売買回数検討表32・33

訴外野村の有田は、上告人が上告人の所有するアマダメトレックス株の売却を承諾した後においては、株式の取引をする前に報告を殆どしなくなり、株式の取引をした後に事後報告をしていた。売買回数検討表32・33記載の各取引も、事後報告であった。そして、上告人が会社にいる時間中に委託の話をしたことは前記同様絶対にない。

従って、昭和六一年四月一六日午前一一時から午後一二時五六分までの間に、上告人が訴外野村に対して株式の売買委託をしたことはない。

(九) 売買回数検討表35・36・37・39

昭和六一年四月二一日から同月二六日までは、上告人が出張中で、委託がなしえなかったことは、上告人の平成五年八月二三日付準備書面で主張したとおりである。

売買回数検討表35・36の記載によれば、訴外野村の有田は、キャノンを売却した資金で住友不動産を現引しているが、上告人は、このような報告を全く受けていない。当時、上告人は、「現引」という用語すら知らなかったし、訴外野村の有田から説明も受けていない(上告人本人調書二七~二八頁)。また、売買回数検討表37・39記載によれば、住友不動産を売却して富士写真フィルムを買っているが、このような報告も全くなされていない。被上告人の平成三年一一月二〇日付準備書面添付の表に従って算出される損益からすると、売買回数検討表37記載の住友不動産の売却では損をしているので、このため訴外野村の有田が報告をしなかったものと思われる。売買回数検討表35・36・37・39の記載からうかがえることは、上告人の出張中に、訴外野村の有田は、現引や損をする取引をこっそりやって、このことを上告人に報告しなかったことである。

(一〇) 売買回数検討表40~55・58~68

昭和六一年六月中旬頃、上告人の帰宅後の夕刻、上告人は、訴外野村の有田からしばらくぶりに報告を受けた。このとき、訴外野村の有田が上告人を訪れたのか、電話による連絡であったのかについては記憶がない。被上告人の平成三年一一月二〇日付準備書面添付の表に従って算出される損益からすると、それまでの間のほとんどの取引で損をしているので、訴外野村の有田は、上告人に報告できなかったものと思われる。このときの訴外野村の有田の報告は、「三井東圧で多少損をしましたが、高岳製作所で挽回し、東急電鉄を買いました。信用株は、今は日清紡を持っています。」というものがあった。いずれも、事後報告であり、三井東圧、高岳製作所、日清紡、東急電鉄の取引について、事前に承諾を求められたことはなかった。この間になされたその他の取引については、報告すらなされていない。

このように、売買回数検討表40~55・58~68記載の取引のうち、事後報告により上告人が認識した取引は、売買回数検討表40・42・46~48・58~66である。上告人が認識していた売買回数検討表40・42・46~48・58~66記載の取引のうち、売買回数検討表65・66を除くものは、いずれも上告人が勤務先会社にいる時間帯であるので、この点からも被上告人主張の委託が存在しないことが明らかである。また、売買回数検討表65・66については、上告人の委託可能な時間帯が含まれるものであるが、事後報告であったことから、被上告人主張の時間帯における委託は存在しない。

上告人が認識していない取引については、もとより委託は存在しない。訴外野村の有田は、上告人に報告することなく、委託手数料と自己の点数稼ぎのための取引を繰り返し行っていたのである。

(一一) 売買回数検討表70・72・74・75

上告人は、訴外野村の有田から「東急電鉄を売って、東京放送を買った。」という旨の事後報告を受けたことがある。これに該当する売買回数検討表74・75の取引は、上告人の委託可能な時間帯が含まれるものではあるが、事後報告であったことから、被上告人主張の委託を存在しない。

また、上告人が認識していない売買回数検討表70・72の取引については、もとより委託は存在しない。訴外野村の有田は、上告人に報告することなく、委託手数料と自己の点数稼ぎのための取引を繰り返し行っていたのである。

(一二) 売買回数検討表77~80・82~86・89・90

昭和六一年七月一五日は、上告人が出張中で委託をなしえなかったことは、上告人の平成五年八月二三日付準備書面で主張したとおりであり、従って、売買回数検討表77~80・82・83記載の委託は存在しない(上告人本人調書三〇~三一頁)。

上告人は、出張から帰ってきた後に、訴外野村の有田から、「日清紡では、いくらか損をしてしまいましたが、イトーヨーカ堂で挽回しました。その後、全日空を買いました。」との旨の事後報告を受けた。売買回数検討表86・89によれば、この間に訴外野村の有田は東京電力の売買をしていたようであるが、これも委託手数料と自己の点数稼ぎのためになされたものであり、上告人に報告はなされなかった。当該売買に関する委託は存在しない。売買回数検討表84・85・90記載の各取引は、上告人の認識していた取引であり、上告人の委託可能な時間帯を含むものであるが、右のとおりいずれも事後報告であったことから被上告人主張の時間帯における委託は存在しない。

(一三) 売買回数検討表94・95・97・98

売買回数検討表94・95・97・98記載の各取引について、上告人は報告をされたことがない。

これらの取引も、訴外野村の有田が上告人に報告することなく、委託手数料や自己の点数稼ぎのため行ったものと思われ、もとより、当該取引に関する委託は、存在しない。

(一四) 売買回数検討表104~107・109~111

上告人は、訴外野村の有田より、「信用株では、全日空を売った後、東芝で少し設けました。今は、川崎製鉄が有望なので買いました。現物株では、東京電力がかなり儲かりました。東芝がまだ儲かりそうなので現物でも買っておきました。」との報告を受けた。この報告に基づいて、売買回数検討表を見ると、104~107・109~110の報告がなされたと考えられる。この間、訴外野村の有田は、この報告した取引のほかに、NKKの取引をしていたようであるが、これについては、上告人は知らされていなかった。もっとも、これらの報告も事後報告であり、事前に承諾を求められたことはなかった。また、昭和六一年八月一四日も上告人は勤務していたのであり、勤務時間中の一〇時に一度委託をし、これを取り消した後、午前一一時から午後一二時五〇分のまでの間に再度委託をしたなどと言うことは絶対にない。従って、売買回数検討表104~107・109~111の取引においても、被上告人が主張する日時において、上告人が訴外野村の有田に対して株式の売買委託をしたことはない。

(一五) 売買回数検討表112・113・118・119・121~124・126・131・132・137・143

昭和六一年の八月ころから、訴外野村の有田は、事後報告さえもしないようになった。しばらくぶりに、上告人が訴外野村の有田から聞かされた報告は、「現物の方は、東芝で一儲けしました。もう少し東芝で行くつもりで買っています。信用の方も、川崎製鉄を売り、東芝を買っています。」との旨の内容であった。

この内容を売買回数検討表にあてはめてみると、118・121・122・126・131の報告がなされたと考えられる。売買回数検討表131記載の取引は、上告人の委託可能な時間帯を含むものではあるが、事後報告であったことから、被上告人主張の時間帯における委託は存在しない。売買回数検討表118・121・122・126記載の取引は、事後報告であるばかりか、いずれも上告人が委託をしたことがない時間帯であるので、これらについても被上告人主張の時間帯における委託は存在しない。

売買回数検討表112・113・119・123・124・132・137・143記載の各取引については、事後報告すらなされなかったもので、上告人の全く認識していない取引である。従って、これらについても被上告人主張の時間帯における委託は存在しない。

(一六) 売買回数検討表144・148・149・153・154

売買回数検討表144・148・149・153・154記載の各取引について、上告人は、訴外野村の有田から事後報告すら受けていない。昭和六一年の一一月ころ以降は、訴外野村の有田は、殆ど連絡をしなくなり、たまに連絡をしても具体的な取引についての報告をせずに、株式情勢の厳しさを告げるだけであった。もとより、売買回数検討表144・148・149・153・154記載の各取引について、被上告人主張の時間帯における委託は存在しない。

四 無申告加算税賦課決定処分の違法性

前述したように、原審(第一審)が採用している所得税法九条一項一一号・所得税法施行令二六条二項の「売買の回数」を顧客が証券会社に対して行った委託契約の回数によるとする見解は、法令の一解釈にすぎない。また、日時が異なれば委託も別個としたり、売注文と買注文とでは委託は別個としたり、同一日時であれば複数銘柄でも委託は一つとしたりすることも、委託契約の回数を算定する際の一解釈にすぎない。上告人は、証券会社の担当者より「同じ日にした売買は1回と数える」旨聞かされていた。これは、原審(第一審)が採用する売注文と買注文とでは委託は別個とする解釈には反するものがあるが、かかる解釈が成り立ち得ないものではない。かかる解釈も可能であるとするならば、同一の日であれば売注文と買注文とがあっても委託が一つとの解釈を証券会社の担当者より説明され、この解釈を信じた上告人に落度があることにはならないはずである。

「売買の回数」を何によって数えるのか、その算定の基準をどのようにするのか等については、様々な解釈が可能であり、原審(第一審)が採用したものも、そのうちの一つにすぎない。

このようなことからすれば、成り立ちうる一つの解釈を信じ、これによれば自己名義の取引が五〇回未満であることから申告をしなかった上告人には、申告をしなかったことに正当の理由があると言うべきである。

原審は、原審(第一審)が認定する以外に計算上の特例がなかったこと、有田が上告人から株式の売買回数等について一度も聞かれたことはない旨別件で証言していること、通達集に記載されていたことを理由として、期限内に申告書の提出がなかったことについて正当の理由は認められないとしている。

しかしながら、被上告人でさえ、売買回数の算定を何回も間違えるのであり、その算定方式も解釈によって決められていることからすれば、自己の計算によれば、申告の必要がないと考えたことには正当の理由があると言うべきである。

また、何百人もの顧客を扱ってきた有田が、個々の顧客に売買回数等について聞かれたか否かを記憶しているはずはなく、有田が証言する日時に具体的な委託が存在していないことからすれば、有田の証言を信用することはできない。さらに、通達集など上告人が見るはずもない。そもそも、売買回数の算定については、『特例』というものはなく、何を基準にどのように算定するかの法令の解釈が存在するにすぎない。

以上のように、原審には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令解釈適用の誤りがあり、破棄を免れない。

以上

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